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エヴァンゲリオンTV版最終回についての庵野秀明監督の説明 文字起こし

林原めぐみ Tokyo Boggie Night 19996年4月14日放送

林原めぐみのTokyo Boogie Night ゲスト 庵野秀明 209回 1996年4月14日放送 - YouTube

2分ごろから文字起こし

 

庵野:えっとねーエヴァンゲリオンっていうのは 僕のライブなんですよ ライブ感覚で作っているやつだから、今思っていること 今感じていること 今の気分っていうのをフィルムに定着していこうというのが最初のテーマというか 僕の中のテーマだったのね

林原:うん うん うん

庵野:それは正直にできるだけやっていこうと まぁ中には一般論とか他の人の意見とか まぁこうしなきゃといけないという あのー

林原:制約?

庵野:そう そうゆうのもあるんだけど あとは自分のモラルに従って物事を作っていく 要するに あのー 自分じゃない部分というは全部排除するというのが最初にあったんすよ

林原:はぁ はぁ はぁ

庵野:最終回は ああゆう形にテレビのほうはなっちゃったけど まぁそれで一回終わって もう一回作り直す まぁ作り直すっては変なんだけど 最初にあがってたシナリオに戻すだけなんだけど それをやるときにまた 今のシナリオまた多分書き直しちゃうと思うんだけど 今の気分というのが そのまま反映されるんでね だからもう2か月か3か月たった時の気分っていうので エヴァンゲリオンのラストを考えるとどうだろうというのが

林原:はぁーー

庵野:これがビデオの時に一緒についてくるというやつですね*1

林原:すいません 気分というのはそんな急激に変わるものではないです それとも 変わるんですか 庵野さんは

庵野:いやー 

林原:根底にあるものというのはきっと変わらない

庵野:変わらないんだろうね でもね

林原:表現したいものとか・・

庵野:思っているものとか 見たいものとか 考えてることっていうのは変わると思うんですよ

林原:ああー そうです あと方法が変わってくるかもしれないですよね 

庵野:そうそうそう

林原:例えば 簡単な話だけど 林檎がありますとしたら これを例えば 美味しいと表現する 赤いと表現する 熟れてると表現する 色んなこう 一つのものを表現するのにも色んな形があるじゃないですか

庵野:そうそう 角度が違うものだよね

林原:最終的に林檎を言いたくても あのー 言い方や表現の仕方や伝え方が変わってくると 受け手側も変わってきますものね

庵野:うん まぁテレビの25、26に関しては なんていうのかなー うーーんとね まぁ初版の事情っていうのが 一番手っ取り早いんだけど

林原:あーーー ありつつ そして庵野さんの中での あのー ライブな自分っていうのを ビデオで表してゆきたいという感じなんですね

庵野:そうそうそう まぁもう一回 時を得てできるだったら その時の気分というのがまた新たな25,26にも出るでしょう だから 今あるあれを あれは今の気分だから否定する気持ちはまるで無いんすよ

林原:うん うん うん という感じなんでですね この辺でちょっと 曲が流れてきました 5月28日2つできたということなんですけども*2

庵野:そうですね

林原:初版の事情というのは制約的なことなんでしょうかね

庵野:こうゆうのはもうなんていうのかなー 一切しゃべんないか ばぁーっと全部言い訳してしゃべってしまうかのどっちかなんですけど 黙ってるとねー なんかこのまま なんか落ち着いてつまんなくなるんで折角 半ばわざとああゆう風にしてるわけだから なんか このままとどまってしまうのも つまんないなぁと思って ばぁーっと色々としゃべっちゃいます

林原:うえぇっ! そうですか  まぁあのあまり問題のないように(笑い)

庵野:まぁまぁ(笑い)

林原:まぁでもばぁーっとしゃべっちゃいますと言わなくても まぁ全部全部細かいことを言わなくても やはりそのー ほら アニメーションという媒体であるとか それから放送の時間であるとかを考えたりとかしたときには 制約ということが やはり世の中にはあるわけじゃないですか

庵野:まぁあるけどね

林原:それで うーんと なんていうのかな 済むことっていうことでもないのかしらね

庵野:やることをやっていって とにかく どこまでできるかやってみようと 最初にあったんすよ

林原:なるほどね

庵野:テレビシリーズのアニメーションていうカテゴリーから考えるたら とてもできないことだったんだよね この企画自体が そっからもうスタートした時に 崩壊はもう見てるんすよ 

林原:ええー

庵野:始めたときに もう成功とか失敗とかそうゆうのじゃなくって どこまでできるだろうっていうのがスタート地点なんだよね 

林原:自己なり社会なりへの挑戦

庵野:そう どこまで自分たちができるんだろう そうゆうことでスタートしてるから 26本 一本も落とさずにできたというのはまず快挙というか奇跡に近い それがストーリーをもった あのー 本来の形で24本まで続けられたというのも これも奇跡に近いんすよ これもう それだけでオッケーなんですよ 1話と2話がでたときにもうこれでいいと思ったから あとは ねぇ 他の5話とかー 要するに 7話とか8話とか まぁそうゆうあの 僕の中で あぁよくできてるというのがどんどんどんどん増えていってそれが24本まで出来てるっていうのは凄いし 25、26は僕にとってはあれでオッケーなんですよ

林原:うんうんうん

庵野:十二分にオッケーなんです

林原:でもこれだけあのー ある意味でそのーオリコンでねー なんていうの LDが1位になっちゃったり すごいあのー 数字を残したりとか 結果が出てるということ は こうゆうことを待っていた人達が 望んでいた人達っていうのが やはりいたということですねー

庵野:アニメファンに今 一番足りないのは 僕 プライドだと思うんですよ

林原:ほえーー はぁ

庵野:だから アニメファンっていうのは不安材料でしか生きてない人たちだから

とにかく 自分の中でモノが欠けているだけど 何が欠けているのか 全然自分でわかってないんですよ 

林原:ほえぇーーはっはっはー

庵野:だから救いを求めてアニメーションに逃げ込んでるんだよね アニメ見てる間は自分は安心できるから とにかく 安心したい

林原:それはシンジ君なのかしら

庵野:いや まぁー 他の人もあると思いますよ それは女に逃げるとか サッカーに逃げるとか 野球に逃げるとか 逃げる先は色々あんだけど その中で一番アニメーションっていう なんつーのかな 母親のお腹の中に近いようなもの? なんかそうゆうのを選んでるわけなんだよね まぁその分 心が 心が弱いというのは変な言い方かもしれないけど そうゆう人たちなんすよ

林原:そう ですかー はぁ はぁ

庵野:その中で僕がやったのは 最後の26話は これはもう自分の言葉というより一般論に近いんだけど 26っていうのは 君たちが 要するに 本来見たい 予定調和的な終わり方じゃなくって それは多分 大多数の人が 見たかったことだと思うんだけど じゃなくって あれに対する僕のメッセージ性っていうのは なんてのかなー 君らが見たいものじゃなくて 君らに必要なのは これなんだよっていうのが ラストなんすよ

林原:それは逆に 言ってることは なんつーのかしら 驚かされるような事なんですけど 一つのやさしさですね 私はそう思う

庵野:いやー わかんない 突き放したところで出たものかもしれない

林原:突き放したところで初めて あのー 動物ってさー 動物っていうか あのーなんていうの あの キリンでもさ 何でも 立つわけじゃない

庵野:うん

林原:突き放すっていうのも一つの愛のカタチであり優しさだと思う

庵野:だからね アニメに逃げ込んでるわけじゃなくて 現実に帰れっていうのが最後なんすよね まぁものすごく なんていうのかな 余計なお世話なんだから そうゆう人はかなり怒ると思うんだよね 余計なお世話だと

林原:いやいやいや そんな

庵野:でもどうしようかなぁと思っている人は一度現実に立ち返ってみるのも良いかと思うんですけどね

林原:はぁー なんか濃い3週になりそう

 

林原めぐみ Tokyo Boggie Night 19996年4月28日放送

https://www.youtube.com/watch?v=Aly2ba0ceFI

45秒ごろから2分30秒ごろまでを文字起こし

 

林原:林原さん 庵野さん こんばんわ。唐突ですが質問をさせてください。エヴァンゲリオン26話って写真やペン書きの絵を使ったシーンが多かったように思えましたが、あれは全て意図的にやったことなのでしょうか。効果を狙ったように感じられたところもありましたが、制作が遅れたんだと受け取った人の声を聞くので、そこんところ教えてください。ということなんですけど どうでしょう

庵野:えっとですねー あのー セルアニメーション至上主義っていうのかな セルアニメ以外はアニメにあらずっていう考えが嫌だったんすよ

林原:あーもう あーもうそう はじまっちゃった ははは そうなんだ

庵野:そうそうそう セルで描かれているもの以外はアニメーションではないみたいなね だから それ以外はキャラクターとして認めないってゆうところがまずおかしいと思うんすよ 

林原:なるほどね

庵野:表現というのは自由なはずだから

林原:(拍手)なるほどね

庵野:まぁ もっとね ただ セルというのも記号の一つだというところで

林原:うん うん うん

庵野:線画だってなんかアニメーションにはなるんすよ 線だけでも十分

林原:要するに 色がついてないということだよね

庵野:そうそうそう 10年以上前に流行った実写アニメーションっていうのがブーム

 まぁ小さいブームだったときに

林原:うんうん

庵野:要するに 計算用紙に レポート用紙にね なんかこう ペンだけで描いて それをあの タップというものも付けずに あのー それをただ8mmで撮って それで動かしてみるという もうそんだけで十二分な快感があったんだよね

林原:あー なるほどね

庵野:セルというものにこだわる必要はないんですよ

林原:はー なるほどね

庵野:まぁ それは意図的にやっとると

林原:それをわざわざ26話というのもなんか

庵野:そうそう セルアニメーションというものからの解放も願ったんだけど 方法論としてはもうちょっとうまくやり方 なかったかなーとは思う

林原:レイの心の解放とともにって感じで

庵野:そうそうそう なんだよね

林原:まぁー 憎いじゃありませんか あぁ そうゆうことだったんですね

庵野:そうっす

林原:まぁあのー 遅れてだったらああゆう形にはしなかっただろうしっていうところよ みなさん

庵野:そうそうそう

林原:噂がもしあるならね うん 

庵野:間に合わないくらいだったら もっと間に合わない方法論ってものがあるよ

林原:そうですよね

庵野:わざわざああゆう風にしてるっていうことだよね

林原:なるほどねー とゆうことですー

 

*1:かつてはテレビ版25話と「シト新生」、26話と「AIR/まごころを、君に」のような組み合わせてビデオ販売していた

*2:何かの発売でしょうか 意味は不明